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木は感じている

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 春の雪は淡く儚い。百閒馬場は、雪解けの雫がきらきらと輝きながら降り注いできます。晴れている日こそ傘が必要です。
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 今日は天候がくるくる変わって不安定。時折パラパラと降りて来る霰も、日が差したら一瞬のうちに消えてしまいました。      美しいものが目の前に留まるのは一瞬。人は心を動かすその一瞬の本質を捉えようと、写真を撮ったり、絵を描いたり、詩歌や音楽に表したりします。そして自分が感動したものの本質を見事に捉えた芸術作品に出合うと、心が震えます。

 メディアシップで開催された、「KAGAYA 星空の世界展」の写真は、そんな心が震える作品ばかりでした。
一つ一つの写真を見ながら、私たちにはこんなに美しい世界が無条件に降り注いでいる。私たちは誰もがこんなにも美しいものを受け取っている。祝福されている。そして、その瞬間を捉えるために、写真家は何日も、何時間もかけて、一生をかけてそれを追い続けている。と思いました。
 清水園に写真を撮りに来られる方々が、長時間ずっといらっしゃる理由をようやく理解することができました。
 いつ訪れるかわからない光景の一瞬の美しさを追い求め、光との出会いをずっと待っていらっしゃるのだと思いました。そして、一度でもその瞬間を捉えることができたら、その喜びは忘れられないものとして残り、再びその瞬間との出会いに駆り立てていくのだと思います。詩人が一つの言葉に辿り着くまでに、永遠に渇き続けるように。

 私たちの頭上に拡がる自然は美しい。それを奪い去っているものがあるとしたら、それは人間です。

 世界は一つでつながっていて、地球はぽっかりと暗い宇宙の中にあって、人はここを出たら生きていけないのに、人類の叡智はなぜ機能しないのだろう。地球自体が壊れ始めたら、人類は止めようがないのに。自然災害の恐ろしさは、どの国でも経験しているはずなのに。
 
 霰のように、数秒後には儚く消え失せてしまうものでも、見る人の心に美しさを届けることができるなら、私たちは次に生き続けるものたちに、どんな美しい世界を損なわず届けることができるだろう。

 清水園には見た目には平和で穏やかな世界が流れています。でも地球とつながっている植物たちは、私たちよりはるかに、危機を身近に感じているのではないかと危惧しています。

清水園/ひろ
 

 
 

# by hoppo_bunka | 2024-03-10 17:06 | 清水園 | Comments(0)

私の手は、どんな術を

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 「しばたひなびらき」に合わせてお雛様を受付にも飾りました。今日はお客様がとっても少ないので、3人で空から降りて来る雪を眺めて過ごしています。時折茅葺き屋根からドサッと雪が滑り落ちてきます。雪国の暮らしに慣れていらっしゃるのか、大きな音を立てても、お雛様はすまし顔です。着付けを教えてくださった陶芸家でもある先生の作品です。

 先生の、「私の作品は、長い月日をかけて作ります。これからは、あなたの側で、長い年月を共に過ごしていきますように。」というお言葉が添えられていました。
 物を受け取る時は、作り手の想いに心を向けなければと思った作品でした。

 寒いので、白酒を飲んで温まりたいなぁと盃を見て思います。以前お世話になったお茶の先生のお宅でご馳走になった、ひな祭り茶会に出された白酒の美味しかったこと。温かいおもてなしの心地よさと共に、忘れられない思い出となっています。

 昨日、潟東樋口記念館 潟東歴史民俗資料館と、岩室温泉ひなめぐり、そして新潟市のギャラリー蔵織に、おひなさま巡りに行ってきました。本館と同じように、享保雛がたくさんありましたし、岩室の能面アトリエ無匠庵では、数多くの能面も見ることができました。卵の殻に描かれたお雛様や、ひょうたんをくり抜いて透かし彫りにしたお雛様などもあり、こんなに美しい物を創り出す人の手の素晴らしさを感じました。

 河井寛次郎が、ある農家の方が作られた蓑があまりに素晴らしく美しいので、自分も欲しくなり、「こんなにすごい物でなくて、ちょっとした簡単なものでもよいので、自分にもひとつ作ってくれないか。」と頼んだところ、その老人は、「わしは簡単な手を抜くという術をしらん。」と答え、これが生活に根差す物の本質だ、と思ったそうです。
 手を抜くという術を知らない生き方。そこから生まれるものは美しくないはずがない。

 岩室温泉街は、さまざまなお店の店先にお雛様が飾ってあり、通る人の目を楽しませていました。
 「しばたひなびらき」でも、お茶会やコンサートなど、さまざまなイベントが組み込まれて楽しそうです。東北民藝館のお雛様も蔵春閣に展示されているということで、見てみたいと思っています。行けるとよいのですが。

 刺激を受け、我が家のお雛様も昨晩ようやく出し、飾り付けを始めました。それを見ていた義母が、「明かりをつけましょ ぼんぼりに」とひな祭りの歌を口ずさみました。懐かしいと笑いながら。90歳の義母の幼い日のことを思いました。なぜか少し切なくなりました。長い歳月を、お雛様も同じように過ごしています。そうして今、私の目の前に在る。
 書院に飾られているお雛様をじっと見つめていらっしゃる方がたも、どんな「かの日」を思い出していらっしゃるのでしょう。

 時間をかけて作りあげていくものから、人は力をいただく。手を抜く術を知らないと言い切れる、そんな生き方ができたらいいな。
 人間を信じたい。破壊ではなく、美しいものを創り上げていくことを求めていると信じたい。私の手は、何を作り出していけるだろう。そんな思いが湧き起る一日でした。

清水園/ひろ

 


# by hoppo_bunka | 2024-03-04 18:10 | 清水園 | Comments(0)

世界は混沌としているけれど

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 今日はとても寒いのですが、お天気は良く、明るい明日が来ると信じても良いような気持ちになりました。世の中は、まだまだ戦争や天災の悲しみの渦の中、大変な状況にありますが。
 見えないけれど、あると信じたい、心安らぐ平和な世界。それは三井の晩鐘のように、見る者に委ねられています。

 破壊は間接的にも、ダメージを与えます。直接の被害とは比べものにもなりませんが、さまざまな要因が、心に重くのしかかってきていました。
 生きるエネルギーを培うために、好きなことや好きな世界に没頭する時間を意識して設けるようになりました。

 馬場あき子さんのドキュメンタリー映画『幾春かけて老いゆかん 歌人 馬場あき子の日々』を見に行ってきました。
映画館で映画を見るのは、本当に久しぶりでしたが、さまざまな映画の予告編を見ているうちに、思わず涙が出てきました。
決して幸せな内容の映画ばかりではなかったけれど、どの映画も生きることへの賛歌、命の尊さを予告を見ただけでも感じ取ることができました。

 確かに今、世の中は混沌として苦しんでいる人が大勢いる。でも、一方で、そんな中だからこそ、さまざまな立場の人が、さまざまな形で、命の灯を絶やさないように、つないで、つないでいくことを続けていると感じました。

 新潟市マンガ・アニメ情報館に行って、「刃牙展ッ!」を見てきました。会場にいらした外国人の方と目が合って、お互いに、にやにや。推しの世界に浸るだけで、笑顔になり、幸せを感じました。

 手芸のマクラメ編と羊毛のコースター作りの講座に参加しました。2時間作品作りにそれぞれ没頭しました。羊毛のコースターは、段ボールで作った小さな編み機を使いましたが、考えた人は天才だと思いました。手を動かしながら、本物の織機で、美しい反物を織り上げていく人達の気持ちを想像しました。毎日毎日少しずつ出来上がっていく美しいものたち。時間をかけて織りなすものの尊さが以前より汲み取れるようになりました。 
 
 行きたいけれどまだ行けない河井寛次郎記念館は、作品集を取り寄せて、毎晩楽しんでいます。そして読書。心の中に少しずつできた空洞を、新しい価値あるもので満たしていってくれます。疲れてすぐに寝てしまうことが多いのですが、書評を見て読みたい本が増えてきました。人が作り出したものから、力をいただいている。そう感じることが強くなりました。

 そして生きることにひたすら向かう自然の姿。
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 どんな形であっても、生きようとし続けているものの意志は、強く、そしてしなやかです。
  
 明日が、より良いものであるかわからなくても、生き延びようと青空に向かっていく木々。手を抜くことを一切しない生きる姿に、いつも教えられます。

清水園/ひろ

 
 

# by hoppo_bunka | 2024-02-12 16:43 | 清水園 | Comments(0)

オイシイ

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 地震発生から1か月が経とうとしています。日ごとに被害の全容がわかるようになり、あまりの状況の悲惨さに、言葉を失います。
この状況の前では、どんな言葉も無力だ、というか、自分だけ今まで通りの生活を送っているのに、いったいどんな言葉を発することができるのだろうと、自分の言葉は深い悲しみの前には、あまりにも軽薄に思えて、ものを書くことができませんでした。

 でも、先日本館にいらした小さなお客様に、力をいただき、気持ちを切り替えました。

 その方は、台湾からのお客様で、幼児です。受付にお母さんと一緒にいらした時に、満面の笑みで、私に「オイシイ」と言ってくださいました。たぶん、「おはよう」という意味か、「こんにちは」という意味で使われたのだと思います。お母さんが、慌てて、「違うよ。」とおっしゃって、笑われました。
 外国に来られて、きっと覚えた数少ない日本語を、受付の私に向かって、精一杯の好意を表すためにおっしゃったのだと思います。それが、「オイシイ」でした。

 嬉しかったです。使い方は違っていたけれど、温かなお気持ちは、ちゃんと伝わってきて、とびきりの笑顔と共に、私の心をぱっと照らしてくださいました。帰られる時にも、同じ笑顔で手を振って帰っていかれました。

 言葉でなくても良いのだ。と思いました。「あなたを想っています」という気持ちさえ伝われば。そう思うと同時に、想いを伝えようと動くことは、やはり、力を与えてくれるのだと思いました。

 あの小さなお客様の笑顔と声掛けを、同じ様に届けることができたら、そう願いました。
あなたを想っています。名前も知らない外国の小さな方からいただいた伝えることの大切さ。久しぶりに皆さまにお伝えしたくなりました。

清水園/ひろ


# by hoppo_bunka | 2024-01-27 14:58 | 清水園 | Comments(0)

前へ

前へ_e0135219_10361876.jpg
 新春を寿ぐ言葉も、差し控えなければならないような、新年の幕開けとなりました。
 被災され、今なお苦しんでいらっしゃる方々が、一刻も早く安心される状況に変わりますことを、心よりお祈りします。
 また、亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。

 今日の園内は、1月には珍しい、明るい陽射しが降り注ぎ、ゆったりと静かな時間が流れています。年末直したばかりの入口の橋も、明るく日の光を集めてお客様をお迎えしています。いらっしゃる方々のお気持ちに、少しでも寄り添えることができる園であったらと、願っています。

前へ_e0135219_10495868.jpg
 2日の朝、朝ご飯を作ろうと台所に立ちました。1日はみんなが怖い思いをしたので、早く日常に戻りたい、と感じました。
お味噌汁のネギを刻もうとしたら、タ、タ、タ、タ、タ、と、包丁の切れ味が良く、気持ち良く刻むことができました。見上げたら、お鍋はピカピカに磨かれて輝いています。大晦日に、夫が台所やお風呂場、洗面所、トイレなど、普段気にしていても目をつぶっていたような所々の汚れや不具合を、掃除したり直したりしてくれていたのですが、昨日は仕事に出ていたことや地震もあり、気がつきませんでした。

 嬉しかったです。これが我が家の幸せなんだと思いました。台所は家族の命を育む場所です。私がしてもらったように、私も思いを込めてみんなの力になる料理を作ろうと思いました。トントントン、と動いていた包丁が、タ、タ、タ、タ、タ、に変わる。ほんの些細な事ですが。そして手にしたお鍋が輝いていた、それだけのことかもしれませんが、何があっても、できることから一つずつ、前へ。そう決意した新年でした。

 草野 信子さんの『カレーライス』という詩が思い浮かびました。

 カレーライス        草野 信子

 カレーライスを ひとにめがけて ぶっつけたことがある。
 一瞬泣きそうな顔をみせて そのひとは皿を拾い ごはん粒を拾い ごはん粒を拾い 胸のカレーを拭いた。
 こするほどに黄色い染みがひろがって 食べ汚した幼な子のようだった。
 それから ゆっくりと トレーナーを脱ぎ トレーナーを脱ぎ 裏返して それをまたすっぽりと着たのだった。
 記憶が匂いを放つので カレーライスの日は あの夜私を送る電車の中で「匂うね」と笑ったひとを思い出す。
 ひょいとトレーナーを裏返せば 何もなかったのも同じ。
 くらしとは そのように 許すことなのだと私にもわかった。
 いくつもの いくつもの 夕暮れの中で。

 この詩を最初に読んだ頃には気がつかなかったことがありました。彼は汚れたトレーナーを別のものに替えるのではなく、汚れをそのまま受け入れて着続けたのでした。
 人生には、避けられないような、哀しみや出来事が降りかかってくることがありますが、それを全て受け入れて尚、新しい面を自らが出して生きていく、そんな生き方ができるのだ、と思いました。

 年末に退院した母は、未だに体調が優れず横たわっています。苦しい状態が続いている母ですが、それでも、私は、側にいて、母に触れることができるだけで、十分幸せを与えてもらっています。今日生きることを諦めないでほしいと願っています。
 あなたが生きていてくれるだけで、幸せを感じる人がいる。あなたは他の誰かを確かに守っている。生かしている。

 今朝、被災地から一人、救出されたというニュースが飛び込んできました。人は光をも作ることができます。また一歩前へ。


清水園/ひろ
 


 
 

# by hoppo_bunka | 2024-01-05 12:54 | 清水園 | Comments(0)