阿賀野川のこと


今月は全国各地で相次いで大雨による被害が報告されました。被災された皆様には心よりお見舞い申し上げるとともに、一日も早い復興を祈念致します。
新潟でも毎週のように豪雨が繰り返され、上流の降り方によっては河川の増水が度々深刻な状況に陥りました。今月はそんな河川に関して少し書いてみました。


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北方文化博物館のすぐそばを流れる大河、阿賀野川。日本一の流域面積を誇り、その流れは滔々として雄大です。
ここ沢海付近の旧河道は、上流(福島)から見て右手(東側)へ大きく蛇行していましたが、大正4年(1915)~昭和8年(1933)にかけて行われた第一期改修工事によって、現在のようなゆるやかなカーブの河道が形成されました。

沢海は4つの地区「上沢海」「中沢海」「下沢海」「阿賀野(焼山)」に分かれていますが、現在この「阿賀野(焼山)」だけが、河道の変更により博物館側から見て阿賀野川の対岸に位置しています。河道はゆるやかになったとはいえ、地区ひとつ隔ててしまうほどの改修工事はさぞダイナミックな大事業であったのだろうと胸が熱くなります。

また、川底が削られ勾配が不安定にならないよう、過去2回に渡って床固(とこがため)の工事※1が行われました。
1 沢海第一床固工事(昭和34年)、沢海第二床固工事(昭和2527年)。現在、河川敷に整備された沢海床固公園からは、阿賀野川を横断する床固(とこがため)の様子を間近に見ることができます。

阿賀野川をめぐってはその流域に生活する人々の暮らしや仕事をはじめ、新潟の繁栄に大きな影響をもたらす様々なできごとがあります。ここ沢海から見えるのはそんな阿賀野川が持つ多彩な表情のひとつでしかありませんが、見つめ続けることでどんな新しい(あるいは古い)沢海の姿が見えてくるか楽しみでもあります。

なお、北方文化博物館を出て阿賀野川沿い土手を上流へ100mほど進んだ所に満願寺公園内(新潟市秋葉区)があります。大正4年開始の第一期改修工事起工の基準面※2(東西南北、高さ)を示した標石がここに遺されています。今度見に行ってみようと思います。
2 昭和22年に開始された第2期改修時に現在地へ移設。


写真は現在の沢海地区上空。
阿賀野川(手前左が上流)
床固(中央の白い水しぶきのたった部分)
小阿賀野川(左手前から画面奥へ蛇行)
沢海上・中・下の集落(小阿賀野川と阿賀野川に囲まれた地域)
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by hoppo_bunka | 2017-07-31 16:52 | 本館の日常 | Comments(0)

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