それは閉園間際の夕闇の迫る頃、突然現れました。
空から何か白いものが降りてきたかと思うと、ふわりと総門の前に降り立ちました。 鷺です。
動じることなくゆっくりと辺りを見回し、歩き出しました。お客様が鑑賞なさっていらっしゃるのと同じ姿で、恐れることなく庭を眺めている感じでした。めったにいらっしゃらないお客様なので、慌てて写真を撮りました。10月22日のことです。
新発田川の中にいるのを見たことはありますが、こんな来園は初めてです。作事さんの話では、百閒馬場を歩いていることも時折あるそうです。ヒトのものだけではない、清水園の別な一面を見られたようで、なんだか楽しくなりました。
ライトアップが行われた11月6日、7日も同じようなことがありました。暗くほのかに照らされた園内に、カモの鳴き声や羽音が時折響きわたり、それがいっそう夜のしじまを際立たせていました。暗がりの中では目に見えない他の多くの生き物たちがいて、ここを根城としたり訪れたりしているのだろうと想像しました。
ライトアップ2日目は雨でした。お客様も少なく、書院の受付でお出でになるのをお待ちしていますと、吹き付ける風の音や雨音で足音がかき消されてしまい、気付くとお客様がそこにいらっしゃる、といった感じでした。
もし私の中に古人の研ぎ澄まされた感覚が残っていたら、わずかな足音も聞き逃さず、焚き染める香の香のように匂いや気配を感じ取ることができたのに、と思うと、失われてしまった感覚に物寂しくなりました。
でも、万葉の時代から平安を経て現代に至るまで、恋しい人の訪れを待ち望む人の思いは共感するものが沢山あり、額田王や六条の御息所はきっとこんな状況の中、愛する人の訪れを待ち望んでいたのだろうなぁと思いました。
額田王の「君待つと我が恋ひ居れば我が屋戸の簾動かし秋の風吹く」という和歌がしみじみと身に迫ってきて、いつしか書院は寝殿造りの館となり、衣擦れの音が聞こえてくるような気持ちになってきました。
時空を超えた空間が開け、物語の世界に入り込んだような、夢のようなひと時でした。
清水園の夜のしじまは、皆さまそれぞれが思い起こされる、慈しんでいらしたものや、他の生き物たちの命の営みにつながる入口があるのかもしれません。来年のライトアップでぜひ体験してくださいませ。
清水園/ひろ