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静中の動

 「何これ。」、カメラの操作を誤って写真を撮ってしまったと焦りました。元日の雪の中の清水園を皆さまにお見せしたくて、お花の水を足すついでにカメラを持ち、開園前に急いで書院に走りました。といっても、降雪で長靴はズボズボ雪にはまり、思うように早くは進めなかったのですが。
 私はデジカメでもスマホでも、詳しい機能を知らないまま使っているので、知らないうちに変な設定をして撮ってしまったと思ったのです。どうしたら、この白黒写真をもとのカラーに戻せるのだろうと、あれこれ試しました。だめだ、できない、ともう一度撮り直しに再びお庭に行き、景色を眺め、写真を撮って初めて理解しました。
 設定がおかしいのではなく、それは目の前の景色そのものでした。水墨画のように、空も大地も白と黒と灰色の、色の失われた世界、風が松に積もった雪を吹き払い、松の緑が目に飛び込んできて、ようやく理解しました。

 凍りついた池にいるカモは遠くから見ると、昔読んだイソップのお話のキツネのように、氷の中で動けなくなっているように見えました。大丈夫かなぁと近づくにつれ、スーと動き出し、あ、生きているとほっとしました。それほど、雪の女王の国のように、凍りついた静寂の世界でした。

 時折どぉーと音がして雪崩のように木から積もった雪が落ち、雪煙が舞い上がります。そんな時、動けないはずの木々から激しいエネルギーを感じます。木々の命が根が下りている深い深い暗闇から、空に向かって立ち昇って行くかのように見えます。
 こんこんと湧き出す泉のように、深いところから出てくるものは枯れない。人の意思もエネルギーも。
 この庭を修復した田中泰阿弥が、「庭のたたずまいは、静中に動を生む源泉でなければならぬ」と言ったという言葉が浮かび上がってきました。

 降る雪も、木々も、池のカモや鳥たちも、全て自然のものではあるけれど、それらを用いながら全く別の一つの宇宙を創りあげた偉大なる芸術家には、今日のこの景色も、さみどりの葉の輝く景色も、散り行く紅葉に染まる大地も、全て見通されていたに違いありません。

 神仙という言葉がぴったりだと思いました。お正月に皆さまがお参りに行かれる神社ではありませんが、厳かで何かに跪きたくなるような、そんな気持ちが湧いてきました。大いなる自然や神には決して敵うことはできないけれど、名匠の創り出す宇宙には厳かなものが宿り、敬虔な気持ちをいざなうのだと。

 10月から11月にかけて、多くのお客様にお越しいただき、「本当に来て良かった。素晴らしかった。来年もまた来るね。」とお褒めの言葉をいただき、喜んでいただきました。もう一度あの景色が見たい、と思われた色鮮やかなその景色は、自然の美しさに加えて、偉大なる芸術家の求め続けた美しい世界が吹き込まれています。

 そして今、色を失った静寂の世界の中に現れるのは、名匠が追求した、敬虔であり心を燃え上がらせる世界です。


清水園/ひろ

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by hoppo_bunka | 2021-01-02 16:50 | 清水園 | Comments(0)

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