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挑戦から生まれるもの

お客様がほとんどいらっしゃらないので、せめて電話が聞こえる範囲くらいは雪除けをしようと、スコップを持って前庭に出ました。
ザクザクした雪の塊にスコップを入れると、割れ目が崩れた瞬間に、雪の中に埋もれていた椿の細い枝がはね上がって飛び出てきました。
こんなにまだ稚い枝なのに、よくこの圧雪の下で今日まで耐え忍んでいたなぁと、心打たれました。そしてずっと雪に埋もれていたにもかかわらず、緑の瑞々しい葉っぱを見て、命の持つ強さにも感動しました。
 折から降り続いていた雪が止み、お日様の光が差し、辺り一面の雪や木々の葉をキラキラと照らし始めました。
さっきまであんなに寒く暗かった雪景色が一転して、春が訪れたように気持ちも明るく高鳴りました。お日様の光が、これほどありがたく、希望をもたらすものとして感じられるのは、この雪国に住む人々の特権だと思います。
 植物もきっと同じです。日光があたる心地よさと喜びを、松は葉の色を和らげて軽やかに枝をそよがせます。圧雪から抜け出して、今、日の光を全身で受け止め輝いている椿の小さな枝を見ていたら、我が家の食卓にある卓上カレンダーの上皇后陛下、美智子様のお言葉が思い起こされました。

 H19年にヨーロッパ諸国ご訪問前の記者会見で、「今まで直面した最も厳しい挑戦や期待はどのようなものか」という質問に対するお答えです。外交関係や皇室のご公務の中でのことを想定された質問だと思いました。でも、お答えは、
 「自分の心の中にある悲しみや不安と折り合って生きていく毎日毎日が、私にとってはかなり大きな挑戦。」
そのあとに「心が悲しんだり不安がっているときには、対応のしようもなく祈ったり、時には子どもっぽいおまじないの言葉をつぶやいたりすることもあります。」と続けられています。
 大掛かりな儀式や行事を挙げられるのではなく、毎日が、しかも挑戦する相手はご自身の悲しみや不安ということに、心に残るお言葉の一つとして、カレンダーに取り入れられたのではないかと思います。

 美智子様といえば、私の母たちの世代には、美しさ、知性、品格と全てにおいて最高峰であり、憧れの的でした。
 すべてにおいて卓越した方でありながら、毎日がかなり大きな挑戦である、と言わしめたご苦労は、民間から皇室に嫁がれて、どれほどのものであっただろうと考えましたが、それと同時に誰もが、こんな優れた方でさえも、悲しみや不安と折り合って生きていく、生きて行き続けることは、挑まなければできないし、時には何かに委ねてこらえ続け、ようやくその日を過ごしていられるのかもしれないと思いました。
 日本全国、訪問された各地域や震災の被災地で、多くの人に希望と感動を与えてくださった上皇后陛下は、ご自分の内なる悲しみ、不安と毎日闘っていらっしゃいました。心の痛みを抱えていらっしゃるからこそ、苦しむ人々に寄り添うお姿からにじみ出るいたわりは、多くの人に伝わり、励まし救ってくださったのだと思います。雪の中で毎日耐え忍んでいた細い稚い椿の枝は、自ら苦しみながらも、見る人に生きる希望を与える上皇后陛下の姿と重なりました。

 今の社会状況は、まさに毎日が厳しい挑戦だと言えます。緊急事態宣言は延長され、感染者数はまだ多く、新聞には企業倒産や解雇、生活困窮者の実態、配給された食糧で毎日なんとか生きつないでいる人々の記事が載っています。
 そんな苦しい状況の中、一方では、さまざまな人が支援や助け合い、支え合いの活動を考案、実践、発信しています。節分の日には、恵方巻を医療従事者の方にプレゼントしたお寿司屋さんの話がニュースになっていました。多くの人が、苦しい中でも何かできることはないだろうか、この苦しさに耐えながら生き延びていかなくてはと、知恵を絞って行動を起こし、それが誰かに希望や生きる力を与えてくれています。今の苦しみが、価値あるものを生み出す陣痛であってほしいと願いながら。

 今、雪に囲まれている清水園では、思いがけなく生命の息吹を感じることがあります。それは暗くて寒い一日の中の、時折訪れるわずかな瞬間ではありますが、雪を振り払って枝葉が顔をのぞかせた時、日の光を浴びようと一斉に木々が葉を広げる時、そして、そんな木々を見上げた時に枝の隙間から見えるやわらかな空の青を見た時。それまでの苦しみは全て払拭され、喜びと希望が届けられます。生き続けていこう、木々のように全身でお日様を受け止めて。そう感じる瞬間です。

清水園/ひろ

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by hoppo_bunka | 2021-02-09 16:45 | 清水園 | Comments(0)

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