今書院では春の日差しの中お雛様がお客様をお迎えしています。
もしお時間が許されるのであれば、お雛様とひとときをお過ごしになりませんか。
広々と開け放たれた書院でお雛様を見つめていますと、時間を遡って、お客様が大切になさっていらっしゃるさまざまな思い出が、きっとよみがえってこられると思います。
懐かしさと愛おしさで胸がいっぱいになられたら、縁側におかけになって静かに目の前に広がる空や、お池や、木々を眺め、風景の中にゆったりとお心を溶け込ませてくださいませ。
十二単の美しさに心奪われ、雛人形が飾ってあるお店の前に立ちつくした日。大きくなったらあんな風に綺麗になれるかしらと見つめていたあの頃。欲しくても買ってもらえず姉や妹と折り紙や紙粘土でささやかな雛飾りを作ったこと。ずっと飲んでみたくて、念願叶って初めて飲んだ白酒のとろりとした濃厚な味わいと強さへの驚き。孫のお祝いと買ってきてくれた優しかった祖父。桃の花の側に置かれた、こぼれるような笑顔の赤ちゃんだった頃の長女の写真。賑やかに桃の節句のお祝いをした夜、子どもたちが寝静まった後に、ぼんぼりの灯りにほの見えたお雛様にずっと見入ってしまったこと等々。私も書院に行っては、それらの思い出に袖をつかまれて、ふっと違う世界にいざなわれます。 慈しみ、あるいは愛おしまれた日々は二度と戻らないことによって、懐かしく温かな思いも、反対に心しめつけられるような淋しさや哀惜も呼び起こします。
そのどちらにも静かに寄り添いながら、今生きている自分の道へ再び進む力をそっと添えてくれるお庭が、今度は皆さまをお迎えします。
お帰りなさいませ。
写真提供 S様
清水園/ひろ