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地に還る

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 強風に体が飛ばされそうな寒い日に、スーパーを出たら女の人が二人駐車場にしゃがみこんでいました。二人の間から足を投げ出して地面に座っている人が見えたので、「何かありましたか。」と言って近づくと、顔や手が血だらけのおばあちゃんが雨で濡れているアスファルトに足を投げ出し震えています。背中には重いリュックが。側に折れた傘と品物が詰まったバッグが転がっていました。

 突風でバランスを崩したのでしょうか。転んで口の中や手を切ったようです。起こして雨の当たらない所に連れて行きたかったのですが、誰かが「骨折しているかもしれないから動かさない方がいい。」と言ったので、スーパーの人に頼んで救急車を呼んでもらいました。
 店長も含めて6人ほどいたでしょうか。毛布を持ってきたり、ハンカチで血を抑えたりとしながらみんなで救急車が来るのを待ちました。私はずっとおばあちゃんの体が倒れないように支えていました。その間ずっと「尻が冷たい。寒い。」とおばあちゃんはガタガタ震えながら訴えます。動かせないので、冷たいとわかりながら、「もうすぐ来るからね。もう少しだからね。」と言い続けるしかありませんでした。倒れそうになる体をずっと支えているのは大変でとっても苦しかったけれど、このお気の毒な人を何とかしたいという思いでいっぱいでした。周りの人も自分の傘をおばあちゃんに向けて、風よけになるように周りを囲んで、自分は雨に濡れながら、祈るように救急車の到着を待ちました。一人暮らしということで、連絡するあてもなく、おばあちゃんは即病院に救急車は連れて行きました。

 悪天候でも買い物に出かけざるを得なかったのでしょう。食料品や日用品が詰まったリュックやバッグは重かったと思います。90に近いお年に見えました。こんなに辛い思いをしても、家に帰っても誰も世話をしてくれる人がいないのだと思うと、ますます可哀そうに思い切なくなりました。

 こんな風に、お年寄りのことを、お気の毒で何とかしたいと思ったのは初めてでした。「後は我々でしますから。」と隊員さんに言われなければ、身よりが誰もいらっしゃらないのであれば一緒に救急車に乗って行こうかと思ったほどでした。これは不思議な感情で、同時に自分自身を見直すことでもありました。
 それまで、お年寄りは、まだ、ああいう風になりたくないと敬遠する存在でした。死に近づいていくことや老醜というものを、本能的に避けていたと思います。でも、そんな私だけではなかった。しわくちゃで震えている小さなおばあちゃんを見て、自分の中には、避けようとするのではなく、何とかしたいと思う気持ちがあったのだ、と気づいたことが、とても嬉しかったです。
 助けたのは、確かに私たち周りの人間だったけれど、逆にあのおばあちゃんは、私を貴いものに導いて救ってくれたのだと思いました。

 その時、今までずっと腑に落ちなかったマザーテレサの言葉の意味がようやくわかりました。「貧しい人はキリストである。」
 
 老いを受け入れることは難しい。また命を終えることも。まだまだ私は生きたくて、やりたいこともたくさんあって。地面を覆う落ち葉のように、潔く土に還るのを待つことができません。やがては何もかも全てを手放す日が来るのに、いつも、何かを求めてあがいています。
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 お庭の紅葉やカモが美しいのは、自然の中で思いっきり生き、後はその中に還るだけだからかもしれません。
私が一時だけお世話をしたおばあちゃんは、やがては訪れる自分だった。
 思いっきり生きていますか?私たちは生きているよと木々が、カモが語りかけてきます。そこにあるのは生きる力強さだけです。そんな息吹を胸いっぱいに吸い込んで門を出ます。私もこの庭の一員になりたくて。

写真提供 M様

清水園/ひろ
 
 


by hoppo_bunka | 2021-12-12 16:46 | 清水園 | Comments(0)

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