人気ブログランキング | 話題のタグを見る

遺るもの

遺るもの_e0135219_13313215.jpg
 足軽長屋に入って外を眺めると、それまで薄暗く見えていた外の景色が、急に明るく見えました。この感じは、子どもの頃に遊びに行った、おじいちゃんの家と同じだと、昔のことを思い出しました。

 今と違って、昼間に電灯など、ほとんどの家がつけていませんでした。暗い廊下を通って日の差し込む窓の側で、ものを読んだり、仕事をしたりしていたと思います。つましい暮らしぶりでしたが、それでも私が遊びに行くと、今日のように雪が降る寒い日は、近所のお店から、「しっぽくうどん」を出前で取ってくれました。「しっぽくうどん」を食べるのは、おじいちゃんの家に行った時だけで、もう何十年も食べていません。

 結婚が決まって夫と二人で挨拶に行った時、突然行ったので、何ももてなしができないと困ったおじいちゃんが、思い出したように、廊下の板をあけて、「よし。」っと縁の下からビールを1本取り出しました。、昔気質の人です。お祝いと歓待の気持ちは、酒がなければ、と思ったのでしょう。見た目にもずいぶん古そうなビールでしたが、瓶の埃を拭いて、夫もおじいちゃんも、にこやかに乾杯をして、美味しそうに飲みました。

 私の子どもたちも可愛がって、よくお小遣いをくれました。特養のホームに入ってからトラブルの元になるため、お金を持つことを禁止されると、「小遣いをやりたくてもやれない。」と本当に悲しそうでした。敬老の日に描いたおじいちゃんとおばあちゃんの絵を、立派な額に入れて茶の間に飾ってくれました。二人とも亡くなって、借家を取り壊すことになった時、その絵は母が実家に持って来てくれました。  

 亡くなったのは、大雪で吹き荒れていた晩です。実家に顔を出した後、「これからお見舞いに行く。」といったら、母に、「こんなに荒れてきたから、早く家に帰った方がいい。」と言われ、寄るのを止めて帰ってしまいました。その晩に亡くなったのです。
「いつか」はない。誰もが。出来る時にしておかなければ、ずっと後悔しています。

 また雪が激しく降り出しました。本館に咲いている蠟梅の可憐な花にも、綿帽子のように雪が積もっているでしょうか。
同僚が拾い集めた花をつまんでみると、落ちて尚、かぐわしい香りに驚きました。この世から消え果てていく前に、こんなにも美しいものを遺していくのかと、自分は何を遺すことができるのだろうと考えました。

 長屋から外を眺めて、懐かしいものが次々に見えました。風景は人生を幾重も重ね合わせながら、呼び起こすのだと思います。切なさの中に残るのは、埋火のような愛された記憶です。

 荒天で見舞うを止めしその晩に祖父は静かに一人で逝けり

清水園/ひろ

 


by hoppo_bunka | 2022-02-20 16:44 | 清水園 | Comments(0)

<< 清水園 つらら 寄りかからず >>