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バスストップ

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 久しぶりの清水園。お庭を見に行ったら、日向ぼっこをしながらお庭を眺めている亀さんに遭遇しました。初めてのことです。ボランティアガイドさんにお尋ねしたら、「亀がいるんですよ。お客様が岩だと思っていたら、動いて亀だとわかりびっくりすることがあるんです。」と教えてくださいました。寛いでいるのを邪魔してはいけないので、そこでストップしました。亀さんと一緒に眺めるお庭も素敵です。「一緒にどうぞ。」と声をかけられたような気がしました。「ちょっと一休みしなさい。」とも。

 高校2年生の夏、友達に誘われて男子バレー部のマネージャーをしました。合宿のご飯を用意する、ということで、誘ってくれた友達をあてにしてマネージャーになった私は、彼女が突然忌引きになり、参加できなくなったので、途方にくれました。それまで、家でもご飯づくりなど、ほとんどしたことがなかったのに、ましてや大人数です。とっても切なかったです。
 見かねた監督の先生が、3年生の先輩女子を急遽助っ人に頼んで下さり、合宿を何とか乗り切ることができました。最終日の夜、よほど疲れた顔をしていたのでしょう。やっと家に帰れると乗ったバスで、最後の一人になった時、運転手さんが声をかけてきました。
 「お客さん、どこで降りるの?もうお客さん一人だから、好きな所で停めてあげるよ。」
 ものすごく前の話ですが、その頃だって、停留所以外の場所でバスを停めることはできなかったと思います。思わず、「大丈夫です。バス停のすぐ側ですから。」と言いましたが、「ありがとうございます。」とお礼を言うのが精一杯で家に帰り、そのまま泥のように眠りました。

 こんなことはもう二度とないだろう、と思っていたら、もう一度ありました。今度は父です。
 それは若かった私にとっては、人生最悪の日とも思われた、結婚がダメになってしまった日でした。傷心の娘が夜行列車に乗って一人でアパートに帰って来ることを思うと、余命わずかだった父は、自分が生きているうちに、何とかして元気づけてやりたいと考えたのでしょう。私がアパートに帰ってくるのを迎えることはできないけれど、せめて、暖かい家にしておいてあげたいと思って、早朝電車に乗りアパートに向かおうとしました。
 ところが運悪く猛吹雪で、駅前にはタクシーは1台もなく、バスももちろんありません。駅から私のアパートまでは20分くらいかかります。交通手段が何もない、と思った父は、猛吹雪の中、ひたすらアパートを目指し歩き続けました。どうしても家に入って部屋を暖めておきたかったからです。

 誰もいない吹雪の吹き荒れる街を倒れそうに、雪だるまのようになりながら、よろよろ歩き続ける父を見て、始発のバスステーションに向かうバスの運転手さんが思わず声をかけられたそうです。とても見ていられなかったと。そして、アパートの近くまで乗せて行ってくださったそうです。そんな奇跡のような出来事のおかげで、父はアパートにたどり着き、部屋を暖め、お湯を沸かし、手紙を置くことができました。ガンで亡くなる半年前のことです。

 その日、何もかも失ってしまった。不幸のどん底だ。と自分を憐れんで帰って来た私は、自分が最も切なく苦しいと思っていた瞬間でさえ、限りなく降り注がれていた愛を知ることになりました。そして、この先、どんな不幸だと思われることが起きたとしても、自分は決して不幸ではない、命をかけて自分を愛してくれる人がいるのだからと思えるようになりました。

 夜行列車で駅に着いた時、父は違うホームの家に帰る列車に乗っていて、降りる私の姿を見たいと必死で探したそうです。バス会社には、命を救って下さった運転手さんへのお礼の手紙と品を送ったと聞きました。バスの運転手さんは、父の命を救うと同時に、私の命も救ってくださったのでした。

 誰かが切ない思いをしていたら、何か自分にできることを考えて動ける人になりたい。いろいろな制約はあるかもしれないけれど。
二人の運転手さんからいただいた、温かなお気持ちを、自分も持てるように、父のように生きていきたい。そして、一緒にゆっくりお休みになりませんか、と声をかける亀さんのようにお客様をお迎えできますように。

清水園/ひろ

 

 


by hoppo_bunka | 2022-06-21 18:30 | 清水園 | Comments(0)

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