大池を見に歩いて行くと、見られているように感じました。真夏の昼下がり。時が止まったかのような、気だるさの中で。
遠目に見た鎧兜が、肉体は無くて、魂だけが残っている、そんな風に見えました。
書院の前に出ると、眩い光が差し込んで、先程はっと絞められた心が、ぱっと拡がりました。陰と陽。明と暗。
夏の日盛りの中、ひと気のない清水園では、異空間を行ったり来たりできます。むわっとした熱気を時折風が掃き出すかのように吹き亘っています。
でも実は、清水園ばかりでなく、夏という季節そのものが、異空間を併せ持ち、人の心を捉えるのかもしれません。
夏といえば、真昼。青い空。白い雲。海、川の水遊び、そして山。日焼けした褐色の肌と白いシャツ、、とにかくエネルギッシュで若さが弾けている。
そう思っていたのですが、最近は、あまりの暑さにへとへとになっていることもあるせいか、清少納言の言う「夜」に軍配を上げます。
日が落ちて、灼熱の太陽からようやく解放され、辺りが暗くなると、辺り一帯を覆うように聞こえてくる虫の音。それに呼応するかのように、天上には瞬く星。家の前に出て少しの間だけ夜更かしをしても許されて行う手花火。お風呂の後のアイス、かき氷。お盆にいっぱいのスイカ。この時季にしか会えない従弟たちと食べるごちそう。遅くまで騒いでいて叱られながらも狭い部屋の中で一緒に寝たこと、、、など、今でも鮮明に思い出すのは、ずっとずっと、夏の夜の思い出の方です。
お祭りも、昼ではなく、宵宮。裸電球の明かりに照らされたおもちゃやお菓子など、今は買おうと思えば買える値段のものですが、本当にほしいものやしてみたいことは、言えないし、できなかった。親戚から夕食の食卓でいただくお盆小遣いは、本当に嬉しいものでした。
きっと清少納言が推している趣とは違うところもたくさんあるでしょうけれど、夜の時間帯が一番楽しいのは、何と言っても夏です。
このような夕佳亭から、星空を見上げ、水の流れる音と虫の音に包まれ暗闇に浸るとしたら、清少納言の思いに近づけるかもしれません。奥の滝の辺りに「蛍の多く飛び違いたる」様子が見られたら、うっとりいつまでもそこに居続けたいと思うことでしょう。
清水園の夜は、真っ暗で少し怖いかもしれません。または、夜のしじまに、もしかしたら、お心を捉える異空間が開いているかもしれません。 ぎらぎらした一日がもうすぐ終わります。主役の夜がひっそりと待ち構えております。まだまだ奥深い魅力を持つ清水園です。
清水園/ひろ