
最近、自分の周りの世界は、何か一つの大きな環で繋がっているのではないかと思うようになりました。「好き」が引き寄せている、とでも言いましょうか。そう思うことが立て続けに2件起こりました。この橋のように、直接に繋がるのではなく、側に控えている世界で繋がっているような感じです。
一つ目は河井寛次郎の本。日曜美術館で知り、虜になったと思ったら、彼と、濱田庄司、そして、バーナード・リーチの作品が載った大型本が、新潟分館から本館に送られてきました。高額で、ずっしりと重く、自分ではとても買えない本でしたが、博物館に勤めていることで、好きな時に、じっくりと眺めることができる幸せを味わいました。
もう一つは、音楽文化会館で行われたコンサートに招待して下さった方が、私が大変お世話になっている方と親戚関係でいらしたことがわかったことです。チケットを下さるという電話のやり取りから、そのことがわかりました。
どちらも、大変お世話になっている方ですが、まさか、親戚でいらしたとは。でも、こういう偶然のようなことが、私の人生には、これまでもいくつかあったなぁと、思い出され不思議な気持ちになりました。まるで、何かに導かれているようです。
一人の人の周りには、その人を囲む大きな繋がりがあって、引力として作用することもあるのだと思います。人や物に出会うというのは、引力を併せて手に入れるようなもの。
そして、「好き」を追求することも、巡り合う機会を必然的に引き寄せているのかもしれません。美術工芸品も、古典も、庭も。

ひなびらきで展示されているお雛様のコメントに、「30年ぶりに雛人形を飾って人様に見ていただけることに感動です。」というものがありました。ご来園の方々は、その方がなさっていたように、お雛様をご覧になり、うっとりと、これらの人形を慈しんでいらした時のことを思い出されたと思います。
私もその方とはお会いしたことはないけれど、これらのお人形を愛おしく思う気持ちの上で、繋がっていると感じます。愛するものを愛おしむ気持ちは、手放した後も宿っていて、見ているものに受け継がれていく。引力が働くのだと思いました。
生きていくことは、自分が追い求めているものを、手繰り寄せようと、もがき続けていくことなのかもしれない。私が欲しい平和な世界は、それを希求する気持ちをもっと、もっと強くもって、同じ思いをもつ人との繋がりをもたなくては実現されない。
お人形を愛おしむように、平和な世界を愛おしみ、その気持ちを伝えていこう。
清水園のお庭は、基盤です。美しく平和な世界を手繰り寄せる。どうぞお越しくださいませ。
清水園/ひろ