転居やリフォームの予定はないけれど、モデルハウスを見学するのは、夢があります。こんな部屋に住みたいな、と憧れるところがたくさんあって、今でも新築のお宅やリノベーションをしたお宅を取り上げるテレビ番組や雑誌を見るのは楽しい。
仕事をしながらいつも、素晴らしい清水園の書院や本館の大広間の趣を味わうことができ、お客様にもイチ推しの場所だとお薦めしていますが、こんなお部屋に住めたらいいな、と思うのは、新潟分館の大座敷「松風」です。
新潟分館は、新たに公開されたお部屋がありましたが行く機会を逸していました。
分館は、実は私が最初に働きたいと訪ねていった場所です。分館の近くの西大畑で亡くなった父は育ち、今は無き新潟の家での思い出をたくさん話してくれました。私のルーツがあると思えた場所で、いつかその近くで働いてみたいと考えていました。
私が訪れた日は、夏の設えのお座敷の中を風が通り抜けて、御簾がかすかに揺れていました。明るい夏のお庭を眺めながら、平安時代の寝殿造の部屋に入り込んだような気持ちになりました。大好きな『源氏物語』や、それに憧れて巻の続きを読むことを切望した、菅原孝標女を思い出しました。私も彼女のように、光源氏に恋焦がれ、夢中になり読み浸りました。
時空を超えた世界に浸ることができるだけでなく、このお部屋は四季折々の懐かしい風景を呼び起こします。
春に姉妹で縁側に座り、シャボン玉を吹いたこと。夏の夜の手花火と、響き渡る虫の声。秋の夕暮れの赤とんぼが飛び交う空。そしてお月見。冬の庭に小さく並んだ雪だるまなど。縁側のあった古い津川の家を思い出しました。
新たに公開されたお部屋からは、若かった頃の父と母を思い出しました。
山内保次と會津八一の馬の絵の飾ってあるお部屋では、亡き父の同級生との関わりを思い出しました。お一人は市内の大きな海産物商店の方で、もうお一人は銭湯のお家でした。私と姉は子どもの頃に親戚の子でもあるかのように、そのお宅に泊まらせてもらったことがあります。その方たちといる時は、一家を背負う父親の顔ではなく、やんちゃな同級生同士に戻ったような楽しそうな顔を見せたことなどを思い出しました。 欄間絵と床の間の天袋絵は小山雪亭。清水園の書院の舞台の間の「雲裡鯨聲」の松とは全く趣が異なり、緩やかな時を経て家族を見守り健康と長寿を願う意味が込められています。 その他に、中田瑞穂画 秋艸道人画賛の絵も見ることができました。父が俳句を習ったという方で、家に先生の画集がありました。懐かしい方にお会いした思いがしました。
「祖母や母の髪結い場」と書かれたこのお部屋では、子どもの頃、母の所に美容師さんがパーマをかけに来てくださった時のことを思い出しました。鏡台は憧れの物があるところ。勝手に触ったり鏡を開いたりすることも、なかったです。いつか大きくなったら、素敵な女の人になったら、髪を綺麗にしてもらって、お化粧もして、そんな将来を夢見ていた子ども時代を思い出します。 日中の家の中は、今と違ってほとんど明かりをつけない時代で薄暗かったのですが、若かった母と美容師さんがいる空間は、華やかな明かりの灯る場所でした。ほんとうに、時代はどんどん変わっていって、なくなっていく物も、たくさんある。 髪をとかす時に、肩に掛ける化粧ケープなんて知らない人がきっとたくさんいます。でも、人から髪を整えてもらう幸せは、今でも失われることなく残っていて、多くの人は、何かの折に、それを思い出されると思います。私にとっての、このお部屋のように。 あの頃の若々しく美しかった母を本当に久しぶりに思い出しました。
ここは自分のルーツを偲ぶ場所だと勝手に決めつけておりますが、きっと皆さまにとっても、何かを呼び起こす、あるいは味わうことができるところだと思います。 季節の移ろい、時間の流れを愛おしみたくなる、そんな場所です。どうぞお出でくださいませ。
清水園/ひろ