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神秘の泉


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 突き当りに見えるのは、蔵の資料館。三つある資料館の中の新発田藩史料館に、街角コンパス5月号に掲載された、長久保赤水が作成した世界地図が展示されています。佐藤隆男清水園園長の「いにしえとの邂逅」を読んだ後で、この地図を見ると、何も情報を知らずに見た時と、受け取り方が全く異なります。伊能忠敬や吉田松陰が評価したといわれるこの地図に載っている、さまざまな国は、じっくり眺めると興味深いものがたくさんあります。
 展示品の背景を解説するものの必要性を実感しました。それにより、直温侯の仁政の所以も知りました。
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 長い年月の流れの中で、伝え残していきたいと皆が願うものが、数多くの人の手を通して今に伝わっています。先人が守り抜いてきた価値あるものを、私たちも同じように後世の人々に手渡していく努力をしなければと感じました。清水園のお庭も、建物も木々も年と共に古びて朽ちていきますが、手当をしながら伝えていきたいと思いました。

 それでも命に終わりはあるので、いつも眺めている木が大雪で倒れたり枯れたりすると、人と同じ様に悲しく、労いたくなります。

 ご近所のお宅の庭が、持ち主が変わり、建て替えの工事が入りました。作業に伴い、たくさんの木々や枝が伐られていきました。バサバサと淡々と作業をなさっていたようです。八代文吉館長の書かれた『わが思い出は錆びず』の中の一節を思い出しました。
 
「昔、博物館の材料を山に求め、若い樵が樹齢七,八十年の木をチェーンソーで切ろうとした。見ていた老樵がそれを制して、今切られようとしている木をさすりながら回り線香を立て、木に向かって謝った。「お前も切られて痛いかもしれないが、これで主人の役に立つ時が来た。」

 以前清水園の作事さんが大木の伐採をした時も同じでした。お線香をあげ、木の周りにお神酒を注ぎ作業に取り掛かられる様子を見て、長く生き続けたものに対する敬意を感じました。

 昨日、NHKスペシャルの「人体」という番組の予告に、受精の瞬間を捉えた顕微鏡の映像がありました。精子が卵子に到達した瞬間、パッと消える、何も見えなくなったその時こそ、新しい生命が誕生した瞬間でした。胎内の中で起こっていることさえ、今は見ることができるのだと、最先端の技術に感動しましたが、さらに感動したのは、私たちの身体は私が今まで「神秘」と崇めていたものと同じくらい神秘に満ちている、ということでした。

 命は限りなく神秘で、明かされていない秘密のベールにまだまだ包まれている。そして、自分も他も、人間以外でも、命あるものは皆、心を打つ神秘を抱え生きている。だから各々が尊いのだ。

 彫刻家の原田哲男の作品集の中に次のような言葉がありました。
 「私たちは植物のように呼吸をして水を飲む。大地や太陽と共に生きる。自然は全ての基礎。とても大切なもの。」

 ああ、私は木でもあるのだ。そう思いました。ならば、伐られた枝が薪となって人を温めるように、命の終わりには、何かの役にたって命を全うしたい。
初夏の爽やかな風を届け、陽射しから守ってくれる木々を見て思いました。

 清水園 ひろ


 

 

 


by hoppo_bunka | 2025-04-27 14:43 | 清水園 | Comments(0)

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