
憧れに向かって勉強を始めたはずなのに、1ヶ月くらいでもう挫折を感じました。入院していた時は、退院したら思いっきりできると意気込んでいたことが、なかなかうまく進みません。早くも泣き言が出てきます。
若い頃は朝から夕方まで、ずっと机に向かって勉強ができていたはずなのに、体力も、集中して学び続ける力も、全く残っていない現状です。
試験も暗記力のみでなんとかこれまで乗り切って来られたのですが、それもできそうもなく、前途多難な状態に陥っています。
1日働くとやっぱり疲れが残ってしまうのですが、今までは趣味や睡眠で解消してきました。ですが、今は、できない勉強に気持ちが追われていて、中途半端にしか解消できない気がして、ずっと鬱屈した浪人生のような生活をしています。やっぱり資格を取るのは私には簡単なことではありませんでした。
今日は事故渋滞に遭い、清水園に辿り着くと、近所で毎年楽しませていただいていたお宅の桜の木が根元に重機が乗っかって倒されて処理されていました。持ち主が変わり、改築中でしたが、他の木々は伐採されてしまっても残っていたので、良かったね、と呼びかけていた木です。今年が最期のお花見となってしまいました。
悲しい時は、お庭へ。

静かなゆったりとした大池の前で亀が日向ぼっこをしていました。後ろを邪魔をしないように、そっと通り過ぎます。
人も木も、時には自分の力ではどうしようもないことに突然命を奪われてしまうことがあります。今回のように、持ち主の意向であったり、事故であったり、戦争であったり。
それなのに、自分は何だ。抗えない運命や状況の中にいるわけでもなく、自由に自分の人生を過ごしているというのに、自分の力で何とかできることに対して、頑張りもせずに弱音を吐いているなんて。
潰された木の根を見ていたら、生き続けていることのありがたさや、生ぬるい意志の恥ずかしさが迫ってきました。生きている限り、自分ができることは、しっかりと向かい続けていこうと思いました。理不尽な死を味わっていないのですから。
万緑や 死は一弾を以て足る 上田五千石
私は私を自分で終わらせてはならない。この踏みつぶされた木を決して忘れまい。
命に満ちた清水園の前で終えた一つの命に向き合える生き方をしたいです。
清水園/ひろ