
秋の文化財特別公開があるということで、義母を連れて小千谷市にある西脇邸に見学に行ってきました。非公開の邸宅内に入ることができ、案内ガイドもあるということで、勉強のため最初は一人で行こうと思っていました。場所を調べてみると、そのすぐ近くに、亡くなった義父が子どもの頃、お坊さんになるために家を出て、住み込みで学校も行かせてもらったお寺があることがわかりました。当時、義父の家は兄弟も多く、とても義父を学校に行かせる余裕はなかったそうです。
これは義母も連れて見学とお寺にお参りもしてこようと思いました。
お寺に伺っても、もはや高齢で亡くなった義父のことを知っていらっしゃる方は、もう残っていらっしゃらないだろうと思っていました。ちらっと本堂を覗いて、できたらお参りだけさせて頂いて帰ろうと思っていましたが、ちょうどご住職が他の方の法要を終えられたところだったので、向こうから話しかけてきて下さいました。
「以前、亡くなった義父が大変お世話になったところだったので、一目見たいと思って参りました。」とお伝えすると、名前をお尋ねになったので申し上げると
「知っています。よく覚えています。家内も覚えています。」とおっしゃいました。ご住職がまだ小さかった時に、義父がお寺にいた時のことや、先代のご住職が亡くなられた時に、お葬式に参列した時のことなどを話してくださいました。喜んだのは、義母です。義父の若いころのお話を伺って、本当に嬉しそうで涙ぐんでいました。私も、亡くなった義父のことを覚えていてくださる方がいる、ということがこんなに嬉しいとは思いがけないことでした。
義母は高齢ですので、きっと義父と二人でこのお寺に結婚の挨拶に伺ったりしたことはあったでしょうけれど、何一つ覚えてはいませんでした。そして、家に帰って来た時には、その日に行った所もご住職と話したことも、みんな忘れていました。ですが、「おじいちゃんがいたお寺に行って、おじいちゃんのことを覚えていてくださった方とお話をしたよ。」と言うと、「ああ、そうだった。お参りをしてきたか。志は置いてきたか。懐かしいなぁ。じいちゃんのことを覚えていてくれたか。」と再び涙ぐみます。
その人がいなくなるって、その人のことを覚えている人がいなくなった時なんだと思いました。それはその人が生きた証で、亡くなった後でも、遺された人は、その人によってもたらされたものを、抱えながら生きていきます。義父の元気だった時の姿が次々と浮かんできました。
それは人に限ることではありません。
清水園には何回も来てくださるお客様が大勢いらっしゃいます。ありがたいことに、お客様の中に、清水園はちゃんと残っているのだなぁと思います。「また見にきたよ。」と言ってお入りになり、「また来るね。」と言ってお帰りになる。何気なく受け取っていたそれらのお言葉のありがたみに、ようやく今気づきます。

心に残る人。心に残る場所。亡くなった人も、訪れた場所も、自ら語ることはないけれど、思い出は雄弁。そして、人も場所も、最もその人、場所らしいものが心に残る。数多くの物事や年月の中で。
怖いもの知らずで思うように生きていた義父の姿をご住職は覚えていらっしゃいました。家を出され知らない土地で暮らしても、義父は元気に自分の力で人生を切り拓いていったんだなと、嬉しくなりました。私は今、なかなか思うように事が進まず、四苦八苦しておりますが、いらっしゃるお客様と同じ様に、今日は静かなお庭に迎えられるご褒美をいただいています。園内は少しずつ色づき始めました。
清水園/ひろ