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表現者に憧れて

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 ひんやりと肌寒い園内ですが、桜が可憐に花開いていました。咲くことが、己の命を表現することであるならば、この桜のように、自分が行う表現の中にも、人の心を温めるものが備われば良いのに、と羨ましく思いました。
 
 15日に、テレビのブレバトでもおなじみの、夏井いつき先生の句会ライブが県民会館で開催されたので、初めて句会ライブというものに参加してきました。テレビと同様に、出された写真を見て俳句をその場で作り提出します。500人以上の参加者が会場にはいましたが、先生は、超スピードで優秀句を7つ選んでいかれました。
 和風の古びた玄関の外に自転車や掃除道具、植木鉢、空気入れ、クーラーボックスなどが雑然と置かれている、そんな写真から、読み取ったものと、心情にぴったり合う季語を付けて俳句を作ります。
 その日私は県民会館まで自転車で行こうとしたのですが、途中でパンクしてしまい、何て運が悪いんだろうと、大慌てで駅まで自転車を引っ張り、バスに乗り換えてギリギリ開始時刻に間に合いました。ですから、すぐ写真の自転車を見て、「パンクした自転車引いて」と浮かんできました。せっかく気持ち良く出発したのに、と惨めな気持ちだったので、「春寒し」または、汗だくで走って着いたので、「春暑し」かな、なんて考えましたが、作文みたいな、みんなが簡単に思いつく言葉をつないだだけで、何の工夫もない、ボツの俳句を作りました。
 入選された句は、全て、写真にはない、連想されるものを詠み、どうしてこんな風な独自の発想ができるのだろうと感動するものばかりでした。
 私が一番インパクトが強くて素敵だと思ったのは、「私って格安物件燕の巣」という俳句です。写真には、もちろん、燕の巣はありません。卓越した表現に、圧倒されました。会場の拍手の大きさで選ばれた最優秀句は、「表札へこの春生まれた子の名前」でした。これも写真にはないものを発想を飛ばして詠まれていました。
 物事はこんな風に見ることができるのだ、と感じた瞬間に、それまで見えなかった新しい世界が開けます。それは、庭園セミナーでも感じたものと同じ喜びでした。句会ライブに参加して、こんな風に豊かな世界に誘ってくれる俳句って、すごいな、楽しいと感じました。
 感想を発表し、夏井先生と直接お話ができたのも、この上ない喜びで、行きとは違って家まで自転車を引っ張って戻るのも、全く苦になりませんでした。

 25日は、万代島美術館に谷川俊太郎さんの、「絵本★百貨店」を見に行きました。そこでは、谷川さんの絵本を他のクリエイターが映像や音などを使って、表現しており、新しい体験型の展示に刺激を受けました。こどもばかりでなく、大人も楽しめる、思いがけない仕掛けがあり、新しい美術展の方向性を感じました。
 谷川さんの詩で、一番先に思い起こすのは、「朝のリレー」です。中学1年生の国語の教科書の最初に載っているこの詩も、初めて出会った時は、感動し、作者から使命を受け渡されたような気持ちになりました。
 「ぼくらは朝をリレーするのだ 経度から経度へと そうしていわば交替で地球を守る」
 こんな風に、過不足なく、自分が気付いたことや考えを的確に表現できたら、どんなに良いことでしょう。谷川さんだけでなく、詩人や歌人、俳人の持つ卓越した観点は、私は持てず、作品に出合って学んでいくしかありません。

 先日、神田勝郎館長から、『北方文化博物館文学碑の旅』という冊子をいただきました。その中には館長自ら撮影された、東京、松山、新潟、亀田、横越、沢海の数多くの文学碑の写真と解説が載っています。読み進めると、家にいながら現地を訪れて拝見しているような気になってきます。6回の探訪以外にも、現地に幾度も足を運ばれ、時には場所を人に尋ねたり、タクシーをチャーターされたり、16,000歩も歩かれたりしながら苦労して写真を撮って来られた精力的なフィールドワークの根底にあるものは、「知的好奇心」だと伺いました。
 本館にある中村汀女さんの、「外にも出よ ふるゝばかりに 春の月」や、横越地区公民館前庭の小林存さんの「われこそは 街の酒場の ソクラテス 君與へんか 毒杯も亦」のように、私の大好きな句や歌も掲載されています。
 會津八一さんの「かすみたつ はまのまさこを ふみさくみ かゆきかくゆき おもひそわかする」の歌は、分館に勤務した時、若いお客様から、「このまさこさんという人は、どんな方ですか。」と質問され、會津先生が聞かれたら、きっと唖然とされただろうな、と思いました。もっとも、そういう私も今では大好きな先生の歌「あめつちに われひとりゐて たつごとき このさびしさを きみは ほほゑむ」を初めて読んだ時、さびしさをほほゑむなんて、この君はなんて酷い人なんだろうと誤読しました。それこそ、見えていた世界が、がらりと変わる体験をした歌でした。
 
 詩人や歌人、俳人が選び抜いた言葉によって構築する世界は、田中泰阿弥の感性が創り上げた清水園のお庭と共通して、高く広い世界へと心を開放します。そして、それまで軋轢を恐れて行動を起こさずに、蓋をしていた世界へも。

 館長が撮られた文学碑により、初めて川口松太郎の「生きると いうこと むずかしき 夜寒かな」という句を知りました。

 難しいと予想できることには、手を出そうとしない方が楽、平穏無事が良いと思いがちな人生でしたが、先駆者は捨て石であることを知りながら、自分はそれを避けてきた。でも、歳を取った今、多くの道を切り拓いてくださった、多くの先輩方から守られてきた恩送りをしてこそ、本当に人生を生ききることになるのではないかと、この句碑が呼びかけて来ました。学ぶことの唯一の証は変わること。頑張りたい、と決めました。

 捨て石となれ奮い立て春一番

清水園/ひろ
 

 

# by hoppo_bunka | 2025-03-30 12:09 | 清水園 | Comments(0)

移り行くもの・背負うもの

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 各地でお雛様巡りの催しが行われています。私も昨年から湊にいがた雛人形・町めぐりを始めました。
今年は、潟東樋口記念美術館・潟東歴史民俗資料館と旧小澤家住宅、珈琲 涼蔵の3ヶ所を回りました。どこも、時代色、地域色豊かなお雛様が展示されてあり、見ごたえがありました。今日までよく残っていてくれたね、と労いたくなるようなお雛様ばかりで、関わってこられた多くの方々のご苦労に感謝したくなりました。

 その他に、今年は孫に贈るために、人形店をいくつか回りました。雛人形に関するニュースなども気を付けて情報を集め、今時のお雛様は顔が違うとか(目はぱっちり。つけまつげやカラーの髪、赤い唇の男雛もありました。)設えも洋間に合うように変えてあるとか、作り手が時代の好みに合わせて工夫を凝らして後世に残していこうとしていることも解りました。

 お雛様は、初めは娘の物をそのまま送ろうと思いました。でも、子どものお雛様を孫に渡すには、一旦お寺で厄除けをしてから引き渡すのだということを教えていただき、それであれば、もっと手軽に飾れるお内裏様だけの物を新たに購入しようと思い探すことになりました。その時、地方で行われる流し雛のように、子どもの健やかな成長のために、お雛様はもともと身代わりになって厄災を引き受けてくれるものだったということを実感しました。子どもの頃、欲しくて欲しくてたまらなかったお雛様でしたが、美しい衣装を着て憧れる姿のはずなのに、どうして物寂しい感じを受けるのだろうと、不思議に思っていましたが、そういう理由からくるものだったのか、と納得しました。
 こんな高貴な恵まれているように見えるものでも、憂いというのは、定めとして身にまとわりつくものなのだと、人は体験を基に考えるのだと思いました。
 お雛様を探すのは、私は自分のお雛様を持っていないので、とても楽しかったです。洋装のお雛様や韓流のお雛様など、外国の方も買われるお雛様は、憂いの表情はなく、可愛らしい「Hina doll」がほとんどです。私が買ったお雛様も、伏し目がちではなく、可愛らしい表情のものでした。降りかかる厄災があるとしたら、孫の側にいるこんな可愛いお人形ではなく、自分が引き受けてあげたいと思うようなお雛様でした。

 2月に大学の同級会があり、その時同級会LINEを作ったのですが、毎日のようにいろんな人が懐かしい学生時代の写真をupしてきます。それを見るたびに、若くて楽しくてキラキラしていた時のことを思い出し、あの頃にタイムスリップします。病気も、介護も、子育ても、生きるための苦労も、何も無かった頃と比べて、今それぞれが背負っているもののなんと多い事か。
 生きていくのは、そうやって、自身の、そして他者のものを背負っていくことなんだなぁと、昔と今を比べてしみじみ思います。

 清水園のお雛様は、3月28日まで、本館は3月23日、新潟分館は3月30日までの展示となります。どんな方のどんな思いを背負っていらっしゃるのでしょう。そして、持っていらした方はどんな人生を過ごされたのでしょう。
 自分が代わりに背負えるのであれば、幸せ。どのお人形も、そんな風に思っていらっしゃるように私には思えます。それでなお、佇まいは物静かに美しく。なれないなぁ。私には永遠の、憧れのお雛様です。

 
清水園/ひろ

 

# by hoppo_bunka | 2025-03-16 15:22 | 清水園 | Comments(0)

字が上手くなりますように

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 堀部安兵衛伝承館にある、弦巻松蔭の文字です。弦巻松蔭は、新発田で活躍した書家で、新発田市内のあちこちで、記念碑や看板の依頼を受け書かれた彼の作品を見ることができます。令和6年度の新発田市郷土史講座第2回に取り上げられ、星野淳雄氏の資料により、彼について詳しく知ることができました。
 若い頃は、「楷書の松蔭」と言われたように、力強い楷書が見事だったと言われ、張猛龍碑の臨書など、資料の写真で見ましたが、素晴らしいものでした。また、彼の言葉がいくつか紹介されていて、その中の「作品には品格がなければ・・・品格は作者自身の本質ですよ。」という言葉が胸に刺さりました。

 こどもの頃から、ずっとずっと字が上手くなりたいと思っていました。勤めている清水園(師範資格有の職員がいます)も、北方文化博物館も、達筆な方が多く、その方々と比べると、なんと自分の書く文字は品格が無いことか、と嘆かわしくなります。人からものを頼まれた時、躊躇することなく、さっと美しい文字を書くことができたなら、どんなに良いだろう、と書道教室に通った時期もありましたが、一緒に通った子どもたちの方が上手くなり、私の方は、さっぱり上達しませんでした。それで、子どもたちが止めると同時に私も習うのを止めてしまいました。

 清水園や本館に送られてくる、「ふうど」という季刊誌の2025冬号は、学問の神様である天神さま、菅原道真にまつわる特集でした。
天神様にお供えをして、「頭が良くなりますように。字が上手くなりますように。」と祈る文化が今でも県内に残っていることを知りました。
この二つの願いは、私を含めて多くの人が子どもの頃に思っていた願いなのではないかと思います。頭が良くなりますように、と願うことは、今でもずっと思い続けています。そして字がうまくなることも。
 小学生の頃、夏や冬休みの宿題に競書、書初めがあって、一生懸命上手い字を書こうと練習したことを思い出しました。でも、思うような字は書けず、もう、これしかない、と紙もみんな使ってしまって、仕方なく選んだものを提出していました。同級生の上手い子の作品を、どうしたら、あんな風に書けるのだろう、いいなぁと金賞の札が付いている文字を羨ましく眺めました。きっと、私よりはるかに、書くことに向かい合っている時間が多かったのだろうと思います。そして、こんな風に書きたいという意欲も。

 弦巻松蔭は、病気で倒れてからも、作品を書きたい気持ちは変わりなく、奥様に体を支えてもらいながらも一文字の作品を書き続けたそうです。人の手から生み出される美しいものには、作者の計り知れない情熱と努力が注ぎ込まれているのだろうと思いました。それは、先日見た、敦井美術館の茶道具と文人画の名品や、NSG美術館の粛粲寶の鳥展の絵と賛にも感じました。
 文字も、絵も、焼き物も、究極に美を追求し続けた者に、ある時ぽっと神の采配が宿る時が来る。
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 美しいものを生み出す手になりたいなぁ、と二つの美術館を出て思いました。欲張りでしょうか。賢くもなりたいし、字も上手くなりたい。品格も身に付けたい。こんなに美しい清水園や博物館で働いているのですから。そしてこの受験期になるとよく取り上げられる学問の神様は、今も学びを生かした世の中へと、私たちを導き続けている。

 平日の図書館は、私のような、そして更に年上のシニアの方々がいっぱいいらして、読書をしたり勉強をしたりしていらっしゃいます。その姿を見た時、もう一度、勉強ってできるんだ、と勇気づけられました。
 できることから、こつこつ一生懸命、そして丁寧にやり続ける。
 書は人である。さぁ、また一つ頑張らなければならないことができました。

清水園/ひろ



# by hoppo_bunka | 2025-02-16 14:24 | 清水園 | Comments(0)

大事にしたいこと

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 冬の清水園は、暖房もなくとっても寒いので、来園される方がぐっと減ります。でも今日は日曜日なので、少しは来てくださるだろうかと期待していましたところ、乳幼児を二人連れたご夫婦が来てくださいました。入口にベビーカーを置き、お子様を抱っこして入っていかれました。そして資料館なども含めて寒い中でも園内をじっくりご覧になっていかれました。
 帰っていかれる若いお二人を見ながら、こんな風に自分の好きな事を大切にして、時間を取るのは良いなぁと思いました。

 お二人のお子様を育てるのに、多分毎日大変忙しい生活を送っていらっしゃることと思います。自分が子育てをしていた時のことを思い出しても、仕事と家事と育児でいっぱいいっぱいで、美術館や博物館に行こうなどと全く思わず、たまにある休みは、ほとんど子どもたちが喜ぶような所やイベントに出かけていました。
 だからお二人が、忙しいであろう毎日の中に、自分の興味があることを大切にして、時間を取り楽しんでいらっしゃる姿が、とっても素敵に見えました。
そして、こういう時間ってやはり、とっても大切なものなのだと思いました。

 本館の入口にある屋根裏ギャラリーや清水園の書院には、展覧会やコンサート、講演会やイベントなど、毎月送られて来る、数多くの御案内が置かれています。それらを毎月見ているうちに、以前は県外だと行く気にはなれなかったものも、行ってみようかな、機会を作って行きたいな、と思うようになりました。どこかに出かけて行くのはエネルギーが要り疲れもしますが、心の栄養はたくさん得て帰って来れます。冬の清水園をさまざまな見学地の中から選んでくださったお客様にも、心の栄養がたっぷり行き渡って心地よく思っていただけると良いのですが。

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 先日同僚が門を入ってすぐの看板を磨いたら、案内文がとっても見やすく綺麗になりました。除雪をしながら、私も文字が見えにくいと気になっていた看板です。また、他の同僚が、しばたの水の案内を、真夏モードから作り替えてくれました。
 自分の居場所を掃除をしたり、工夫をしたりしながら美しく変えていくと、勤めている者も、お客様も、どちらも心地良さを味わうことができ、周りも明るくなります。そして清水園がこんなにお客様から、「美しい。また来たい。」と言っていただけるのは、園内をいつも掃除をして整えてくださる作事さんのお力があってなのだと改めて思います。

 周りの方々から、こんなにたくさんの栄養をいただいたのですから、私も頑張ろう、と思うのですが、家に帰ると疲れた~と後へ後へと回しがちでした。これでは中学生の頃に失敗し続けたテスト勉強と同じだと反省し、一日一か所だけ、自分でここを綺麗にすることができた、と思えることをしようと決意しました。家で一つ、職場で一つなら良いのでしょうけれど、それすらできそうにないので、随分レベルの低い目標ですが、今日来園されたご夫婦を思い出して、私も一か所だけ、明るく心地良く変えていきたいと思います。

清水園/ひろ

 
 

 
 

 

# by hoppo_bunka | 2025-01-26 16:07 | 清水園 | Comments(0)

手放せないもの

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 軽率な言動で、お客様を失望させてしまいました。ご指摘を受けるまで、気がつかない自身の鈍感さに、情けなく切なくなりました。これからなろうと目標にしている自分の理想とはかけ離れていて、現実は全くダメじゃないか、と自分でもがっかりし泣きたくなります。
 それでも、切り捨てることなく、お声掛けをしてくださり、正してくださったことは、ありがたいことで、お気持ちに応えられるように自分を改善していかなければならないと思いました。

 新年早々失敗からのスタートで、自分にがっかりしましたが、嬉しいことが今日は二つありました。

 一つは清水園のお近くのお宅で行方不明になっていた猫が、無事見つかったとわかったこと。朝晩凍結する寒い日々が続いていましたので、飼い主の方は、どんなに心配なさっていらしたかと思いましたが、見つかって本当に良かったです。作事さんが猫の名前をずっと呼びながら探していて、姿を見かけ、飼い主さんに連絡し、捕獲に至ったそうです。

 もう一つは、「結婚式の前撮りが入っていますが、お声掛けをしながらどうぞお回りください。」とご案内をしたら、「実は、私たちも来週ここで前撮りをするんです。今日はその下見に来ました。」と、とっても嬉しそうにお入りになったお客様がいらしたこと。
雪が舞う寒さの中で、幸せのお福分けをいただいたようで、心が温かくなりました。
 この方のように、唇から発する言葉は、喜びや感動を与え、目は、世の中や人の美しさや尊さを捉え、それをお伝えできるようになりたい、と目指しているのですが、配慮の足りないことがたくさんあって、程遠い自分です。至らない点は、無かったことにしてしまいたい、心が疼くことばかりですが、手放すことなく心に留め置いておかなくてはいけない大切なことだと思います。

 清水園の高木の中には、実が地に落ちて人に踏まれる時、ここぞとばかりにばらばらになり、踏みつけられて靴底にへばり付き、新たな場所で芽吹いたものもあったかもしれません。新しい地にしっかりと根をはって成長していった木の最初の姿を思い浮かべます。

 雪が止みました。寒さは厳しいけれど、明るい空が広がる園内です。

清水園/ひろ




# by hoppo_bunka | 2025-01-18 15:39 | 清水園 | Comments(0)