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もう一人の自分に会いに行く

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 母と妹が、清水園に来てくれました。
妹と3人で、二宮家のバラ園と日本庭園を見た後で、まだ疲れていないということで、二人とも私の勤務地も見てみたい、と来てくれたのです。
 私の大好きな職場を二人に見てもらうことができ、とっても嬉しかったです。「ねぇ、良いでしょう。素敵でしょう。」と自慢しながら昨日は案内をしました。

 90を過ぎて、その前のコロナ禍の外出規制もあり、母はほとんど外に出ようとしなくなりました。何かを見に行こう、食べにいこうと誘っても、一向に腰をあげず、断り続けました。出かける気力も体力も、この2~3年で一気に落ちました。
 ですから今回誘った時も、断られるかもしれないと覚悟していました。でも運よく妹も休みで一緒に行けることになり、それも後押しをして願いが叶いました。事前に、もう何年も一緒に出かけていない。義母とは毎月のように、旅行に出かけているのに。今回はあなたと美しい景色を一緒に見たい、これからそんな機会はどんどんなくなっていくだろうから、思い出をあなたとも作りたい、と手紙を送ったことも影響したかもしれません。

 実は当日実家に迎えに行って、二人が車に乗るまで、心の中は心配で一杯でした。高齢者の自信のなさの表れで、やろうと思っていても、やっぱりやめようと、そっちの方が楽だから、なんて土壇場で中止になるなんてことも有りうるからです。1週間前から、毎日祈るようにして、その日の朝を迎えました。

 母は書院の古さを懐かしがり、見晴らしの良い庭の広さに驚き、お殿様の気分で写真を撮り、橋が怖いと言って渡れず、資料館の貝合わせが美しいと見入り、長屋の中に置かれた長持を見て、自分の実家にあって、お母さんの着物が入っていたよ、懐かしい。と嬉しそうに言いました。 
 園内を案内している時に、普段は電話で、「しょっちゅう忘れる。同じことを言う。間違う。」などと愚痴をこぼしている妹が、寄り添って絶えず声をかけながら、守るようにして世話をしているのを見て、やっぱり一緒に暮らしていると自然にサポートもできるのだと感心し、有難く思いました。

 今朝、清水園のお庭を一回りしてみました。今まで感じなかったお庭が見えてきます。
園内の至る所に、母の姿があります。書院にも、お池の周りにも、資料館の中にも、足軽長屋にも。
 大好きな職場は、今までと違って、ただそれだけでなく、母と回った時の嬉しい思い出が蘇る、母の姿を呼び起こしてくれる場所となりました。私はこれから清水園にいながら、離れて暮らす大好きな母を偲ぶことができます。こんなに有難いことはありません。

 90ですから、世の習いでいけば、一緒にいられるのは、あと何年もないことでしょう。清水園に来られたのも、きっとこれが最初で最後だと思います。だから、書院の縁側に座るとこちらを見てほほ笑む母の姿が見えることは、切なくなるくらい嬉しいことです。ここに来れば、この先いつでも、私は母に会うことができる。

 橋の前に来たら、「ちょっと怖いからこっちの方から行く。」という声まで聞こえてきました。
 この橋のあったところには、昔お姫様がいらした頃に、遊び相手として、一緒に毬をつきながら渡った方がいらしたそうです。そのお話を庭を修復した田中泰阿弥さんが聞いた時、話をされた99歳の姥は、「あんな時がもういっぺん来ないものかと思っています。本当に楽しゅうございました。」と話をされたそうです。

 眺める景色に人が加わると、人はいつでも彼の時に戻って、その人と過ごした時間に浸ることができるのですね。

 私も昨日は、本当に楽しゅうございました。もう一緒に住むことは叶わないけれど、実家に行けるものならしょっちゅう行って、母に会いたいと思っています。大切な我が家はもちろん大事ではありますが、私の中にはもう一人、大切にしたい自分がいます。

 泰阿弥さんは、姥の話を聞いて、「百まで生きても子どもの頃が恋しいものかと考えさせられました。」と書いています。
 私もきっと、恋しく、切なく昨日の日の出来事を、これからも思い出し続け、もう一人の自分に会いに行くと思います。

 愛する方と、どうぞ一度清水園を見に来てくださいませ。数年後にいらしても、幸せな時はきっとよみがえります。静かなお庭が溢れる懐かしさをきっと受け止め、皆さまをお包みします。

清水園/ひろ


# by hoppo_bunka | 2024-06-09 17:05 | 清水園 | Comments(0)

佳き日

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 金曜日は、二つのガン検診の日でした。申し込んだとはいえ、胃カメラなど、装置を使っての検査は、気が重く、病院に向かう朝は、雨も降り出し嫌な気分で運転をしていました。
 そんな時、前方にうっすらと虹らしきものがかかっていることに気がつきました。目で追っていくと、確かに薄く虹がかかっています。
 虹だ、虹。そう思ったら、現金なものです。急に良い前兆のように思い始め、大丈夫、きっと上手くいく、と元気が出てきました。

 朝、書院から眺める清水園のお庭も、同じように心を晴れやかにしてくれます。自然の美しさは刹那の巡り合わせの上にあるからこそ、有難く、人を助ける力をもっているのですね。

 蜘蛛の巣があまりに美しくて、取り除かなければならないのに、思わず見入ってしまうことがあります。生きるための所作が美を生み出すなんて。秩序ある美しさが命と関わっていることの不思議。人は死を内に抱えもっているから、生、命、そこに備わっている美に心を寄せるのでしょうね。

 蜘蛛の様に、生きている中で、美しいものをどうしたら生み出せるだろう、と思いました。虹のように、儚く消えてしまう前に、喜びを与えることができたら、と思いました。

 先日、本館でお客様をご案内していた時のことです。大藤はもう見頃が終わって、しかも雨で、どちらかというと残念な旅行日だったと思います。でも、そんな寂しい感じは微塵もなく、皆さま朗らかで笑い声が絶えず、本当にご旅行を楽しんでいらっしゃる方々でした。全員が上機嫌。何よりも楽しい旅の条件がそこにはありました。

 お互いが、お互いのことを思い合って、気持ち良く、楽しくこの時間を共有しようという温かい気持ちが、条件の悪さなど、ものともしない佳き日を生み出していらっしゃいました。

 相手のことを思いやる気持ち。人が命の中にもつ美しいものって、愛する心なのだと感じました。

 私も今日、一人のお客様にとっても喜んでいただいたことがありました。感謝のお言葉と、喜んでいただいたお顔は、私の心を幸せでいっぱいにしてくださいました。嬉しい嬉しい一日です。いただいた喜びを、大切にして、次に出会う方々に、お返しできたらと思います。
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 美しい生は、至る所で示されている。感じ取ることができた時、喜びも同時になだれ込んでくる。
 皆さまの明日も、佳き日となりますように。

清水園/ひろ


# by hoppo_bunka | 2024-05-19 18:11 | 清水園 | Comments(0)

今を全肯定

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 晴れやかな空のもと、足軽長屋の桜も大きく花開きました。今日、この桜のようなお客様に出会いました。
 
 受付にいらした時、抗がん剤の治療を受けられたのかな、と思いました。妹が抗がん剤の治療を受けていた時の髪の様子と、とてもよく似ていらしたからです。
 でも爽やかな、快活な笑顔で来園され、気持ち良さそうに園内をご覧になっていらっしゃいました。病気は私の想像なので、もしかしたら、そんなことはないのかもしれません。
 今日の心地よい春の日を、そのまま体から発していらっしゃる、そんな印象を与える方でした。

 恥じらいも、気負いもなくて、自然体の人の姿は、こんなにも美しいのかと思いました。この方に会えて、本当に良かった。この喜びを皆さまにもお伝えしたいと思いました。

 私は、私を全肯定する。そうすれば、誰も私を傷つけることはできない。
 私は、今、この時を享受する。そして、今の自分自身を享受する。その方の輝く笑顔を見てそんなことを思いました。

 人は今日より若い日はありません。確実に、日に日に衰えて、できなくなることが増え、老いに向かって進んでいきます。
瑞々しい美しさを失ったとしても、今の自分を自分自身で愛おしんでいこうと思いました。
 お客様からいただいた素晴らしいプレゼントを、皆さまにもお届けします。

 長屋の側の桜は、散り始めています。でも今日の命を輝かせながら咲いています。今を全肯定。潔く。そして誇らしく。

清水園/ひろ

 
 

 

# by hoppo_bunka | 2024-04-14 17:15 | 清水園 | Comments(0)

本来の在り方を観る

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 4月7日(日)、麗らかな陽気の中、大倉茶会が行われました。
訪れる方も、おもてなしをされる方も、心を配り、この一日を大切に迎えられたということが伝わってくる、そんな1日となりました。

 普段は閉められている同仁斎も開け放たれ、
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 武家屋敷も点心席に形を変えてお客様をお迎えしました。
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 その日は外国人のお客様も大勢来園されたので、私は足軽長屋への誘導を兼ねて外にいました。外で春の陽射しを浴びていると、こんな風に、じっと春の光景の中にいるのは、いつ以来だろうと思いました。暖かく、気持ち良く、マスクを外して伸びていく木々の新芽を眺めていました。
 お茶会を終えられた方々は、皆、楽しそうにお話をされながら帰っていかれました。その中に、コロナ禍をきっかけに、会えなくなっていた知人がいて、「清水園でお茶会があったら、全部教えてね。また会おうね。」と言って約束を交わしました。

 主催者の方は、気配りを求められることが多く、疲れも伴うお茶会だと思いますが、私はお茶会の雰囲気が大好きです。今日一日を晴れの日としようという心配りが、辺りに満ち溢れて美しく行き届いているからです。お茶室も使われる状態が本来の在り方ですから。今回は使用されませんでしたが、夕佳亭の脇の桜も、合わせるかのように満開となり、お客様をお迎えしていました。
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 1日置いて今日9日は、朝から冷たい雨風が吹き付けています。昨日の暑さとは打って変わって、寒々とした陰りのある一日となりました。7日の麗らかな記憶がまだ残っていたものですから、外で作業をしていた職員に、「雨の中の作業は大変ですね。」と、恨めしいような言い方で話しかけました。

 すると、「でも、この雨できっと草木は喜んでいるから。」と応えが返ってきました。「かぴかぴになっていましたからねぇ。」

 その言葉を聞いた途端に、雨に打ちひしがれて震えているように見えていた木々が、雨を受け止め、体中に迸しらせて、生き返っているように見えました。人は、自分が冷たい雨に打たれて濡れていても、自然と共に生きていると、そういう感じ方ができるのだ、と思いました。
 「観えるとは、観たものと、観る人の何かが結びつくこと」と料理研究家の土井善晴先生がおっしゃっていたのは、こういう事なのだ、と感じました。

 昨日私の目に見えたやすらぎ提の美しいソメイヨシノも、23度の暑さの中、実は水に飢えていたのかもしれない。

 草木の本来の在り方を、観えるようになりたい、と思いました。人間に都合のよい自然ではなく、本来の自然を愛でることができるように。
 
 もっと、もっと、お庭の中に入って、感じ取れるようにならなくてはいけないな、と謝る気持ちで降りしきる雨をみつめています。

清水園/ひろ
 

# by hoppo_bunka | 2024-04-09 17:05 | 清水園 | Comments(0)

繋がっている

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 最近、自分の周りの世界は、何か一つの大きな環で繋がっているのではないかと思うようになりました。「好き」が引き寄せている、とでも言いましょうか。そう思うことが立て続けに2件起こりました。この橋のように、直接に繋がるのではなく、側に控えている世界で繋がっているような感じです。

 一つ目は河井寛次郎の本。日曜美術館で知り、虜になったと思ったら、彼と、濱田庄司、そして、バーナード・リーチの作品が載った大型本が、新潟分館から本館に送られてきました。高額で、ずっしりと重く、自分ではとても買えない本でしたが、博物館に勤めていることで、好きな時に、じっくりと眺めることができる幸せを味わいました。

 もう一つは、音楽文化会館で行われたコンサートに招待して下さった方が、私が大変お世話になっている方と親戚関係でいらしたことがわかったことです。チケットを下さるという電話のやり取りから、そのことがわかりました。
 どちらも、大変お世話になっている方ですが、まさか、親戚でいらしたとは。でも、こういう偶然のようなことが、私の人生には、これまでもいくつかあったなぁと、思い出され不思議な気持ちになりました。まるで、何かに導かれているようです。

 一人の人の周りには、その人を囲む大きな繋がりがあって、引力として作用することもあるのだと思います。人や物に出会うというのは、引力を併せて手に入れるようなもの。
 そして、「好き」を追求することも、巡り合う機会を必然的に引き寄せているのかもしれません。美術工芸品も、古典も、庭も。

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 ひなびらきで展示されているお雛様のコメントに、「30年ぶりに雛人形を飾って人様に見ていただけることに感動です。」というものがありました。ご来園の方々は、その方がなさっていたように、お雛様をご覧になり、うっとりと、これらの人形を慈しんでいらした時のことを思い出されたと思います。

 私もその方とはお会いしたことはないけれど、これらのお人形を愛おしく思う気持ちの上で、繋がっていると感じます。愛するものを愛おしむ気持ちは、手放した後も宿っていて、見ているものに受け継がれていく。引力が働くのだと思いました。

 生きていくことは、自分が追い求めているものを、手繰り寄せようと、もがき続けていくことなのかもしれない。私が欲しい平和な世界は、それを希求する気持ちをもっと、もっと強くもって、同じ思いをもつ人との繋がりをもたなくては実現されない。
 お人形を愛おしむように、平和な世界を愛おしみ、その気持ちを伝えていこう。
 
 清水園のお庭は、基盤です。美しく平和な世界を手繰り寄せる。どうぞお越しくださいませ。

清水園/ひろ

 

 
 

 
 

# by hoppo_bunka | 2024-03-25 16:17 | 清水園 | Comments(0)