
春の雪は淡く儚い。百閒馬場は、雪解けの雫がきらきらと輝きながら降り注いできます。晴れている日こそ傘が必要です。

今日は天候がくるくる変わって不安定。時折パラパラと降りて来る霰も、日が差したら一瞬のうちに消えてしまいました。 美しいものが目の前に留まるのは一瞬。人は心を動かすその一瞬の本質を捉えようと、写真を撮ったり、絵を描いたり、詩歌や音楽に表したりします。そして自分が感動したものの本質を見事に捉えた芸術作品に出合うと、心が震えます。
メディアシップで開催された、「KAGAYA 星空の世界展」の写真は、そんな心が震える作品ばかりでした。
一つ一つの写真を見ながら、私たちにはこんなに美しい世界が無条件に降り注いでいる。私たちは誰もがこんなにも美しいものを受け取っている。祝福されている。そして、その瞬間を捉えるために、写真家は何日も、何時間もかけて、一生をかけてそれを追い続けている。と思いました。
清水園に写真を撮りに来られる方々が、長時間ずっといらっしゃる理由をようやく理解することができました。
いつ訪れるかわからない光景の一瞬の美しさを追い求め、光との出会いをずっと待っていらっしゃるのだと思いました。そして、一度でもその瞬間を捉えることができたら、その喜びは忘れられないものとして残り、再びその瞬間との出会いに駆り立てていくのだと思います。詩人が一つの言葉に辿り着くまでに、永遠に渇き続けるように。
私たちの頭上に拡がる自然は美しい。それを奪い去っているものがあるとしたら、それは人間です。
世界は一つでつながっていて、地球はぽっかりと暗い宇宙の中にあって、人はここを出たら生きていけないのに、人類の叡智はなぜ機能しないのだろう。地球自体が壊れ始めたら、人類は止めようがないのに。自然災害の恐ろしさは、どの国でも経験しているはずなのに。
霰のように、数秒後には儚く消え失せてしまうものでも、見る人の心に美しさを届けることができるなら、私たちは次に生き続けるものたちに、どんな美しい世界を損なわず届けることができるだろう。
清水園には見た目には平和で穏やかな世界が流れています。でも地球とつながっている植物たちは、私たちよりはるかに、危機を身近に感じているのではないかと危惧しています。
清水園/ひろ